歩き遍路(徳島)2011年9月17日~9月24日

徳島駅前
徳島駅前

9月17日 横浜駅夜10時20分出発、翌朝6時30分に徳島駅到着予定の深夜バスで出発、この時点では何故歩こうとしているのか、自分でも良く分かっていない。7月は鎌倉のお寺を歩き(33観音巡り)、8月には富士山でご来光を拝み、9月に四国で歩き遍路とは・・

まあ、スタートしたんだからとにかく歩きましょう!

バス代:9,800円、電車賃:260円、朝食:368円 合計10,328円


 変身前です。
 変身前です。

9月18日 曇り

予定通り6時30分に徳島駅到着、コンビニでパンとコーヒー牛乳を買って、電車で朝食、30分ほどで坂東駅に到着する。もう1人若者が降りたようだ。意外なことに、この若者と6番以降は一緒に歩くことになる。先ほどの若者に頼んで、第1番札所 霊山寺の山門の前で記念撮影し、寺の売店で衣装一式を揃える。

笠、杖、白衣(袖なし)、納札、ローソク、線香、納経帳、御朱印白衣で16,850円だって、ネットで調べたのより高い、この時点で気がつけばあんなことにはならなかったのに・・・

ノートに名前を書き、本堂にてローソク、線香、納札と作法通りに済ませ、下手な般若心経をボソボソ小声で唱え、大師堂で繰り返す。納経帳と御朱印白衣に御朱印をいただく。(合計500円) 門を出たところにお遍路用品店があり、半額で購入できることに気が付く、ずた袋を購入した。損した、悔しい、騙された、煩悩の塊だ、反省!! 途中、スーパーで250円の弁当購入(写真あり)

 変身後です・・
 変身後です・・

白衣が眩しい、少し恥ずかしいけど誇らしいという複雑な気持ちで2番極楽寺に向かって歩く、すぐに到着 。弘法大師お手植えの長命杉(写真あるよ)でかい、お参りしたのちにライター購入、ローソクに火をつける際の貰い火は厳禁だそうです。どうです変身後の遍路姿は?意外と似合うでしょう! 売店では、「この先は食事するところがないから弁当を買って行け」としつこい、でも途中に店はたくさんあったよ。

 まさに畦道です。
 まさに畦道です。

次は3番の金泉寺、田んぼの畦道を通り民家の脇をすり抜け、本堂の脇からお寺に入ってしまった。お参りを済ませ納経所に行くと、2人の女性がすごく優しく話しかけてくれ、お遍路に対する不安感が和らいだような気がしました。ここでは遍路では東日本地震への鎮魂もお祈りして欲しいといわれ、お線香を1箱頂きました。納経所をでると接待所があり、煎餅と飴をいただきました。山門を出て曲がり角で立ち止まった瞬間、家の中から年配の女性が右だと教えてくれた。めちゃくちゃフレンドリーで感激、いい気持ちで歩いていると手持無沙汰を感じた。そう、杖を忘れてきたのです。この後、杖はお大師様なのに何度も忘れてしまいます。自分の弱いところを指摘されているようで、これも修行と納得、全てを受け入れましょう。

 まったり、のんびり
 まったり、のんびり

次は4番 大日寺、田んぼの脇と山道を歩いていくと3番の奥ノ院、入り口には尻を向けて寝ている犬、奥にはまったりしている猫、人気の無い寺、脇を流れる小川には鴨の親子、すごくいいねぇ。 小道の遍路道と平行に自動車道があり、コンビニもあったようです。草が方くらいまでこんもり茂った横を通った時に、スズメ蜂っぽいのと遭遇、確かに蜂と目があい、お互いに頷いた感じでまた歩き出した。(嘘っぽい・・けど、ホント)

  30分程歩くと、水道があって軒下で座れる感じの御堂を発見、靴を脱いで休憩、ついでに弁当を食べた。しばらくすると、大きなリュックを背負い息絶え絶えの風で歩いてくるお遍路さんが私の横で休憩を始めた。少し太り気味、60歳位、大阪で子供に仕事を任せて悠々自適らしい、宿が取れないことを恐れてテントや自炊道具まで持っている。聞くと15kg以上とのこと、ネットでの知識で、絶対に無理だから宿に泊まるための最低限の荷物だけ残し送り返した方が良いと偉そうに忠告した。(自分も初めてなのに・・・)ゴルフのラウンドで体を鍛えているので、重い荷物にも耐えられると過信していた、素直に聞き入れてくれた。食事終了、意外にも疲れも取れ、元気に歩き始めることができた。

  遍路マーク、有難う!!
  遍路マーク、有難う!!

4番大日寺は、だらだら車道から山道に入り、また車道から畦道、また車道を歩いてやっと着いたが、きつい感じではない。お寺の印象は薄い、お参りを終えて下りだすとさっきの大阪の人が真っ赤な顔で山門の手前で座り込んでいた。大の字になって死にそう、荷物を送り返す決心がついたと言っていた。次は5番の地蔵寺、来た道を下りすぐに到着、大きな大師像(写真あり)に御挨拶し、納経所へ行った。若いお遍路さんが居て困っている様子、道を間違えて予約した宿までたどり着けないらしい、とりあえず行ける所まで行くとのことで一緒に歩き出した。しばらく行くと、足が痛くて歩けない、先に行ってくださいと言われた。湿布を渡して、無理をしないようにと、また偉そうに言えたのはここまでだった。実は遍路道具でお金を使いすぎて残金は3千円程度、郵便局のATMへ行けばと甘く考え、郵便局を探すとすぐそばにあった。行ってびっくり、小さな郵便局のATMは土曜日はやってない。そうすると、月曜日も休日だから火曜日までお金をおろすことができない。いろいろ考えた、ACOMで借りる?こんなところにあるわけない。銀行のカード?なくしたら大変なので、郵便カードの10万円以外は全て置いてきた。歩いている最中もずっとそのことが頭を離れない、どうしようどうしよう、初日から中止になるようなピンチに遭遇、それでも遍路マークを辿って6番の安楽寺へ自然に歩かされている。

そうこうしているうちに6番安楽寺に到着、今日はここの宿坊に泊まる予定だがいつ予約したのかよく覚えていない。(事前に予約したのかもしれない)お参りを済ませ、しばらくうだうだしていたが、意を決して宿坊へ行き金がないことを告白すると意外な返事が返ってきた。30過ぎのお坊さんが「この寺の支払いは後で郵送してくれればいいけど、明日から困るよね。よし、郵便ATMが使えるコンビニを探そう」と言って、車の準備をしている。予想外の言葉に動転し、バッグから財布を出そうとするが見つからず、中身をすべて出しても無い。あんなにパニックになったのは初めてかもしれないと思うくらい、やっと財布を見つけて出発、1件目はダメ、2件目で郵便ATMを使えることができた、やった!!このお坊さんは住職さんの弟さんのようでした、本当に深く感謝いたします。初日なのに気持ちが上がり下がりが激しいかったけど、充実していました。宿帳を書くと、夜のお勤めに使う短冊のような紙を渡され、供養したい人の名前を書いてくださいと言われた。これも想定外だったがすぐに父の顔が浮かんできた。中学3年生の時に急逝したが今でも時々夢に出てくる、没年と名前を書いているうちに何故歩こうと思い出したかのきっかけであることに気が付かされた。風呂(温泉大浴場で快適)に入り、食堂で食事、人が集まりだし、4人のテーブルで全員男、何っビールを飲むの、巡礼じゃないの、と考えお酒は飲みませんでした、えらいでしょ。夜はお勤めが有り、お話しのあとに不思議な御堂、部屋の外周を水が流れ短冊を流したような気がします。

 

今日感じたこと、「人生は接待する人、される人の繰返し


9月19日

6時起床、6時30分食事、7時出発 快晴

安楽寺宿坊 ☆☆☆☆(☆5つが最高)

宿泊料:6,500円?(覚えていない)

食事:普通、量はやや不足

洗濯・乾燥機:有(有料)

部屋:個室で清潔(少し古い)、6畳

風呂:広く快適

お勤め:1時間強、非常に良かった

サービス:個人的には最高、有難うございました。

http://www.shikoku6.or.jp/syukubou.html

天気は最高!!
天気は最高!!

7番十楽寺に向かって歩き出す。食事の時にビールを飲んでいた横浜から来た若者(S藤さん)と歩いていると、反対から手を振り、おーいと叫びながら歩いてくるおじさんがいる。近づいてよく見ると、昨日のテントを背負っていた大阪の人でした。テントを送り返し、遅くなったのでタクシーで宿泊先まで行き、昨日歩いたところまで戻ってきたとのことでした。互いの無事をお祈りして別れました。S藤さんは途中の神社で別れ、一人で十楽寺に到着、お参りをすます。天気は最高、いい気持ちで8番熊谷寺へ向かう、10分程歩き何か違和感を感じた、あ~っ 納経所に杖(お大師様)を忘れてきた、これで3回目、直したいこの性格としみじみ思いました。納経所まで戻ると、食事時にビールを飲んでいた別の若者に有った、お遍路はここでやめて金毘羅さんに行くらしい、山門でお別れしました。一人で考えながら歩くことを想定していましたが、ここまでずっと誰かと喋りっぱなし、まあいいか・・

しばらく歩くと道が2つに別れている、お遍路マークは両方指している。1つは新しくできた車道、もう1つは曲がりくねった旧道、少し考えて旧道を選択、緑が多く気持ちがいい、時々通る車が渡しを現実に引き戻す、都会育ちのくせにひどく懐かしい心持ちになった。前を歩いているお遍路さんに遭遇、大きな笠、手っ甲脚絆、錫杖を突いている、本式の遍路姿のお坊さんです。追いつき、話をさせてもらった。奈良の○○大師と呼ばれているお寺のお坊さんで、祖父が現役のために気楽な立場で2度目のお遍路とのこと、ゆっくりゆっくり歩いている。このお坊さんにいいことを教えて貰った。「お遍路のパワーはお寺にあるのでは無く、道にあるのです、だからお遍路っていうでしょ!私はできる限り旧道を歩いて、道のパワーをもらっています。」旧道を歩いたことでお坊さんに会い、いいことを教えてもらえた。有難うございます、私もなるべく旧道を歩くことにします。といいつつ、道を間違えて山門の裏から入ってしまい、素敵な山門まで戻った。さすがに御坊様、お経を早くいい声だ。お経の意味を少し教えて貰い、読経が恥ずかしくなくなりました、感謝!

9番法輪寺に向けて1人で歩き出す、途中道を間違え遍路道に戻ったところでお坊さんと再会、ほどなく法輪寺到着、お参りを済ませベンチで話していると女性が加わってきて、宿のことをしきりに訪ねてくる。お坊さんと今日の宿を予約していると女性一緒に同じ宿の予約をした。お坊さんと女性をおいて、一足先に出発した。10番切幡寺までは1時間程度だが、バッグが肩に食い込み、少し足が痛くなってきた。くねくね曲がった細い道を辿り、切幡寺の坂の下に着いた時、お遍路さんと声を掛けられた。何でも「この先の階段は333段有りキツイノでここでバッグを預かるのとヤクルトを冷やした氷をあげるから持って行きなさい」とのことでした。好意を有り難く受け取り、預かっていただき、何故か先ほどの女性も同じように荷物を預け、一緒にお参りすることになりました。この女性とはこの先、一緒に歩くことになります。

階段は急できつく、しかも長かったけれど、荷物が無かったために登ることができたが、写真の3重の塔には疲れて登れませんでした。汗は止めどなく流れ、お参りを済ませてもひかない。バッグを受け取り、お礼を言い、10番藤井寺に向かって歩き出した。この女性と話しながら、少し日本語が変なので中国の方ですか?と聞くと韓国とのこと。ソウルの大学の日本語科の教授で、島根の大学に1年間来ている(Sさんと呼ぶ)。韓国語のお遍路さんの本があり、それに刺激され歩いている。

昼食はうどんと決め、地図を見ながらうどんやを探すが見つからない,行き過ぎたようだ。歩けども歩けども店が見つからない。吉野川のそばで、道に迷い、間違った方に歩き出そうとした瞬間、車に乗った女性が「そっちじゃないですよ!」と教えてくれた。昨日も全く同じ経験をしている、迷った瞬間にまるでずっと見ていたかのように指示してくれる。うーん、導かれている感じ、そんなことはないでしょ、でも2回目だよ、偶然偶然、まぁ歩きましょ!!

吉野川は広い、小さな川を渡り、広ーい畑を延々と歩き、もう一つの沈下橋を渡って吉野川終了、沈下橋で撮ったのがこの写真、今思えば心の有り様が全て映し出されているようです。

この後に、道産子ラーメンで日韓親善のためお接待をさせていただきました。(やっぱりうどん食べたかった)10番切幡寺から11番藤井寺までは10kmで2時間30分、ラーメン食べたら後は雨が降ってきて、しかも土砂降り、まだ1時間弱の距離、途中で例のお坊さんに追いつき、追い越し、4時過ぎに藤井寺に到着。土砂降りの中、お参りを済ませ、お坊さんが来るのを待っていましたが、5時前になっても来ない。あきらめ、藤井寺から今日の宿「吉野旅館」まで歩き、10分程で着きました。何とお坊さんは先に宿に着いており、お参りは明日に変更したようでした。本日の宿泊客は、年配の夫婦、横浜のS藤さん、韓国のSさん、石川のOさん、オーストラリアの女性、あと2人が思い出せない・・

実はこの時は台風が近づいており、土砂降りも台風によるものでした。明日は、遍路ころがしと呼ばれている難所「焼山超え」、危険なのでオーストラリアの女性に一緒に行くように宿の人がアドバイスしたが、1人で大丈夫といって聞かなかった。宿の女将さんにお願いして、翌日の宿を予約してもらった。 この辺りから土踏まずが痛くなり始め、土踏まずのテーピングを始めたが、かなり効果的があった。

 

今日感じたこと、「遍路は道を楽しめ」 と 「国際親善」


9月20日

朝5時30分起床、6時食事、6時30分出発、天気は雨だが土砂降りではない。

吉野旅館 ☆☆☆☆

宿泊料:6,400円

洗濯・乾燥機:有り(有料)

部屋:個室で綺麗、6畳

風呂:清潔

サービス:親切で良かった、昼飯のおにぎりを作ってもらった

いよいよ12番焼山寺に向け出発です。台風は確実に向かって来ている、雨は降り続いている、最初は並んで歩いていたが、少しづつ距離が離れていく。石川のOさん、横浜のY藤さん、私、韓国のSさん、年配のご夫婦の順、途中で木の切れ間から町が見える場所に着いた。

 

それが右の写真、油が抜けてなかなかいい顔になって来たと思いませんか?

 

登って下りてを繰り返して柳水庵に到着、清潔なプレハブの休憩所があり、水の補給をしながら休憩した。ここからが結構キツカッタ。何もない感じのところで突然階段が出現、その先にはお大師様が見えた、一本杉庵に到着です。疲れ切っていたが元気を取り戻す。この先は山を下り、川の横に着く。滝からはものすごい量の水が滝つぼに叩き付けられ、圧倒的な強さで川をうねりながら流れていく。柵もない狭い道は、雨が川のように流れ、登山靴をなめていく。一歩足を踏み外せば、川に落ちて流されていく、不思議なことに川の水は濁りもなく、神々しくさえ見える。休憩をしながらやっと焼山寺の車道にでた、山門をくぐって、無事到着、6時間弱でした。お参りをすませ、休憩所でおにぎりを食べようとすると、アフロっぽい若者がいた。昼飯が無いというので、おにぎりを1個お接待、一緒にいた韓国のSさんもお接待していた。若者は素直に受け取り、野宿しながら別格札所も歩いており、今日は一本杉庵まで戻って泊まるとのこと。この若者とは、以前にも何度もあっており、このあとで一緒に歩くことになる。

あとは山を下って、今日の宿まで1時間強の歩き、楽だと思っていたらこれがつらいつらい、私はサッカーで膝の半月板損・手術してから、膝があまり曲がらない。これが下りには大きな支障となることに、初めて気が付いた。特に花崗岩の板を敷き詰めた坂道が怖く、一度思い切りコケました。右衛門三郎の杖杉庵を休憩、3時30分に無事に今日の宿泊先の「なべ岩荘」に到着、洗濯・風呂、あ~っ疲れた、でも楽しかった。食事時は、台風が直撃する明日はどうするかを話し合った。少し遅めに朝食を取り、様子を見ながら出発することに決定した。すると、少し弱気のお坊さんは「お大師様が無理するなと言ってるので、明日はお休みする!!」

 

今日感じたこと、「俺って自分のこと結構好きじゃん!!」


9月21日

6時30分起床、7時食事、8時出発、雨

なべ岩荘:☆☆☆

食事:そこそこ美味しいけど、覚えていない

宿泊料:6,825円

洗濯・乾燥機:有(有料)

風呂:綺麗で広い

サービス:愛想が悪い

部屋:個室、6畳、そこそこ綺麗

どこかの会社の保養所のため、サービスはイマイチだが悪くない。

徳島では親切にされすぎているので、不満に感じたのかもしれない。

 13番大日寺
 13番大日寺

小雨の中、山を下る。風もそれほど強くない、台風は通過していったようだ。今日は、石川のOさん、横浜のS藤さんの3人で歩く、山から道路に流れてくる水が川のようになっている。危険ではないが、山崩れの可能性は無いのだろうか・・

1時間ほどで街に出る、コンビニで休憩、出発するときに車で来た夫婦が声を掛けてくれた。「どこから来たの?」「気を付けていってらっしゃい」「有難う」とごく普通のの会話、歩き出してしばらくすると、後ろから車が近付き、窓から奥さんが袋を差し出した。リポビタンDが3本、コンビニで買ってお接待してくれました。お接待って本当にあるんだ、感謝・感激、有難う、親切なご夫婦の健康を3人でお祈りしました。さて、今日のルートですが、山越えが普通の遍路道ですが、安全を考慮し車道を選択するが変化に乏しく、全然面白くない。少し行くと3人のお遍路さんに遭遇、先に出発した年配のご夫婦と韓国のSさんでした。ここから韓国のSさんはこちらの3人と一緒に歩き出した。明るいうちに13番大日寺に到着、ここは女性の住職で韓国の人らしい。韓国のSさんは、大日寺の宿坊、男3人はすぐ隣の名全旅館、昼を食べていないのでコンビニに買い出し、済んでから14番 常楽寺、15番 国分寺、16番 観音寺まで歩き、車で迎えに来てもらうことにした。

16番観音寺山門
16番観音寺山門

Sさんも合流して、間もなく14番 常楽寺に到着する。境内は岩盤で波打っており、歩きにくい。15番へ向かう道で焼山寺でおにぎりを接待した若者と遭遇、仕事をして貯めた金で3年ほど世界中を旅して、日本に戻ってきてすぐに四国遍路を続けている。お金がないので野宿をしている九州人だった。毎日、本当にいろんな人に出会う。15番国分寺は印象が薄い、16番観音寺は町中にある小さなお寺で山門が美しい。ここで、旅館の御主人に迎えに来てもらった。

荷物が無いと本当に楽だ。今日の宿泊客は私たち3人と旅館吉野で一緒だったオーストラリアの女性で菜食主義者のため肉は食べない。 一緒に歩いている石川のOさんの足の豆ができて痛いようだ。先が5つに割れている靴下をお接待した。

 

今日感じたこと、「お寺にお参りする意義より、人との出会いこそがお遍路だ」


国際親善です。
国際親善です。

9月22日

6時起床、6時30分朝食、7時出発

名西旅館 ☆☆☆☆

宿泊料:6,800円

食事:ボリュウム満点、やっと食べれた

洗濯・乾燥機:有(有料)

風呂:広くてそこそこ綺麗

サービス:親切で送り迎え有り

部屋:ベットで快適

088-644-0025

http://www.myouzai.burari.biz/

車で16番観音寺まで送ってもらい出発、町中をくねくね曲がって17番井戸寺まではすぐに着いた。水をのぞいて姿が映れば無病息災であるが、映らない場合は3年以内に不幸があるという面影の井戸がある、覗いてみたら顔が映った、良かった良かった。ここで、また杖を忘れた、まだ直らない、いやずっと直らない・・

18番恩山寺へは徳島市を横断するルートと山の上を通るルートの2つある、名西旅館では徳島市を横断するルートを行きなさいと言われたので、素直に従う。石川のOさんの足はかなり悪くなっている。靴に問題があると判断し、靴屋を探すが9時では早すぎて空いていない。1時間ほど歩いてやっと靴屋を発見、ベンチで韓国のSさんと待っていると、単発のおじさんが来て「お接待するから自動販売機で好きなやつを選べ」、素直にコーラを選びお礼を言った。徳島駅の近くまで歩いてくると、石川のOさんが突然ギブアップ宣言、今日は徳島駅前のホテルに泊まり、様子をみると決めたようです。とりあえず、ラーメン屋でお別れをして連絡先を交換した。Oさんお元気で、またどこかで会いましょう!

 18番立江寺
 18番立江寺

17番から18番の間は約17km、休憩をいれて5時間程歩く、細い旧道を歩いているとうまそうなラーメン屋発見、1時間前に食べたばかりだが、イマイチだったので惹かれて入った。ここは、美味しい徳島こってりラーメンで満足、このあとは国道をひたすら歩きやっと恩山寺のぼろぼろの山門に到着、ここからが長く30分位かかった感じ、弘法大師の母のゆかりのお寺で近辺には義経ゆかりの碑がたっている。お参りをして、お大師様の前で記念写真、ここでもう4時近く、19番立江寺までは4kmで1時間、急いでぎりぎり間に合うか、綺麗な竹林を抜け、車道を通り、4時45分に本日の宿「鮒の里」に到着、荷物を置いて立江寺へ急ぐ、橋を渡り小さな門前街を抜け到着、こじんまりした綺麗なお寺、お参りして宿に戻る。今日の客は、横浜のSさん、観光のSさん、北海道の人の合計4人、まずはお茶で休憩、風呂に入って夕食、私の部屋は10畳位の広い部屋でした。今日もいろいろなことがあって、忙しい1日でした。明日は何があるか、楽しみです。

 

今日感じたこと、「間に合わないと思っても、何とかなるもんだ」


9月23日

6時起床、6時30分食事、7時出発

鮒の里 ☆☆☆☆

宿泊費:6,000円は安い

食事:普通、ボリューム有り

洗濯・乾燥機:有(無料)

部屋:そこそこ綺麗で広い

風呂:イマイチだが問題ない

サービス:大将は親切で話し好き、楽しかった

3人で車道をひたすら歩く、途中の休憩所で休んでいると近くの美容室からお年を召したご婦人がやってきて、お接待といって縫った布のティッシュを頂いた。窓からお遍路さんを見つけると、お接待するために家から出てこられるようです。昔からずっと続けているようです、御札を渡し感謝!!今日の予定は、20番鶴林寺、21番太龍寺、22番平等寺の31km、登り下りが多く、難所と言われている。鶴林寺に上り口に到着、休憩していよいよ登り、ミカン畑の間を登り、しばらく行くと素晴らしい景色、そこをお遍路さんがゆっくり歩いている。病気で気管切開し、喉のしたに穴が開いたままで歩いている。空気が漏れるので聞きにくいが、何とか聞き取れる。その方は、訓練して食道(気道かもしれない)を震わせて発声していた。全く、お遍路はすごい人との遭遇の連続です。登りは長く、キツイ、でも楽しい、矛盾しているけど当たり前、変じゃない。

太龍寺への道
太龍寺への道

いい感じの登り坂、こんな道が続く、疲れるけど、心に優しい道です。20番鶴林寺に到着、お寺の印象は薄い、向かい合っている鶴の像があったかな。21番太龍寺へは、坂道・階段の下り、橋を渡り、すごく景色の良い川に沿って歩くと、突然急な登り現れ、長く続く、太龍寺の手前のコンクリの坂が一番きつい、本堂は9月で台風で壊れていた。太龍寺の下りは長く、膝に悪い、時々車が通っていく。

平等寺への竹林
平等寺への竹林

22番平等寺までは11kmで2.5時間かかる。道がよくわからない、韓国のSさんと2人で地図を見ながら歩く、今日も時間的に厳しく急ぎ足になる、最後の山を越える、竹林もあり心安らぐ山道だが、いかんせん時間がない。

平等寺、疲れた
平等寺、疲れた

やっと平地に出るがお寺が見えない、田んぼの道を歩くがまだ見えない、4時50分になっても見えない、納経は5時まで、もうダメだと思ったら突然平等寺が出現、納経を先に済ませて、何とか間に合った。写真はその時の心境を表したものである。平等寺そばの山茶花が満員で、清水屋旅館となった。離れているので、車で迎えに来てもらい、翌日は送ってもらった。古いが部屋数は多い、風呂は2~3人は入れる大きさ、食事はそこそこで記憶が薄い。老夫婦でやっており、奥さんは話好き、できれば早めに山茶花を予約したほうが良い!

 

今日感じたこと、「人のすごさには果てがない」


清水旅館前
清水旅館前

9月24日

6時起床、6時30分食事、7時出発

清水屋旅館 ☆☆

宿泊料金:7,000円

食事:普通

部屋:古いが清潔

洗濯・乾燥機:有(有料)

風呂:大きいが使いにくい

サービス:親切で話し好き

今日は22番薬王寺まで20km、国道沿いのコースと海に沿って歩くコースが有るが、海沿いのコースを選択した。歩き出してすぐに、鉄柱の上のカエルを発見、半目の仏様?、近づいても微動だにせず、不思議!!

海沿いの道はどこも美しく、正解でした。また、林の中を歩く道も有り、楽しく歩けた。日和佐の町に入るとお遍路接待所があり、休憩させていただいた。お茶とお菓子を戴き、しばし談笑、大変お世話になりました。

背景は日和佐の町
背景は日和佐の町

ついに23番薬王寺到着、お参りをして一番高い塔で写真を撮ってもらった。最初の写真と比べ、表情は角が取れてまろやかな感じ、この時点で5kg位痩せている。韓国のSさんはこのままお遍路を続け、横浜のSさんと私は今日でお遍路を中断して帰ります。今度はSさんのお接待でうどんをごちそうになり、日和佐の駅で韓国のSさんとお別れです。


温泉でビール!!
温泉でビール!!

ここでお遍路さんから俗人に変身、コンビニと道の駅で缶ビールとつまみを買って薬王寺の日帰り温泉へ行った。途中何度も逢っていた北海道から来た若者も一緒に風呂に入り、休憩所で宴会、齋藤さんはブルートレインで帰るため16時頃別れた。私はもう一度風呂に入り、17時過ぎの電車で徳島行電車に乗った。徳島駅で目をつけていたラーメン屋へ行き、お土産を買って、深夜バスで帰宅の途についた。

9月25日

朝6時過ぎに横浜駅到着、自宅には8時前について朝食、久しぶりの我が家はいい、奥さんも今日は優しいし、得した気分です。

 

備忘録を書いていて気がついたことは、お寺とか仏像とか宗教的な内容がほとんど無く、全て人の関わり合いを書いている。1人で行動するには、逆に多くの人との関わりが必要でありことを痛感した。そのためには、個人の人間力が必要であることも・・・

結局、何のためにお遍路に行ったのか、何がわかったのか、これからどうする、という疑問には答えを出し、実行に移すことにしました。

 

かかった費用

・交通費(深夜バス往復、電車賃):18,920円

・宿泊代(6泊):39,525円

・食費:5,528円

・納経代:11,500円

・お遍路道具:16,850円

・温泉:500円

・靴下:990円

・洗濯機代:300円               合計 94,113円

 

お遍路(徳島編)で感じたことは、「意外と決断力あるんだ、俺って!!」

 

後日談としては、韓国のSさんは88ヶ所回り終え、韓国で本を出版する予定、横浜のSさんと妙齢の肉食系女子を集めて合コンしたり、韓国のSさんが東京に来た時には一緒に飲みに行ったりしています。石川のOさんからは、お菓子が届きました。

 

皆さん、お世話になりました。

すごく楽しく、不思議な経験をすることができました。

 

次は、高知を歩きます。